超基礎講座 特許とは
超基礎講座シリーズでは、知的財産権制度を殆ど知らない人向けに私なりの言葉で要点を解説します。
なお、ユーザの理解を重視する趣旨からざっくりとした説明となりがちです。その分、正確性や細部が犠牲になっている側面が多分にありますので、本記事を踏み台にして適宜他の教材で補っていただければと思います。
特許制度の趣旨
特許制度とは、ざっくりいうと、「優れた発明を適切な開示内容で最も早く出願した人に、その発明を公開する代わりに一定期間独占させてあげます」というものです。
要するに、特許って、優れた発明の公開に対するインセンティブなんですね。優れた発明が公開されれば新たな発明が誘発され、これを繰り返すことで産業発達が加速するでしょ、っていう思想なのです。
「発明」とは?
発明とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作うち高度のもの」、として法律で定められています(特許法第2条第1項)。
大事な概念なので一応本項で説明はしますが結構ややこしいですよね。なので、あなたが専門家ではなくユーザなら、変に委縮して挑戦を控えるよりも、「製品やビジネスに対する技術的な工夫」くらいの捉え方をしておいて、気軽に弁理士などの専門家に相談してみるくらいの姿勢でいいと思います。慣れないうちは、各種支援機関の無料相談サービスを利用するのもいいでしょう(無料支援のまとめについてはこちら)。
「技術的」思想であるため、単なる美的創造物などの非技術的な思想は発明ではありません。また、課題の解決が可能であって、かつ知識として第三者に伝達できる客観性を有する思想であることを求められます。言語化できていない技能や単なる情報の提示は発明として認められません。
「自然法則を利用した」という制約があるため、自然法則(例えばエネルギー保存の法則)そのものや、自然法則に反する技術的思想(例えば永久機関)は発明ではありません。また、人為的ルール(例えば遊戯方法、ビジネス方法)、経済法則などの非自然法則や、非自然法則のみを利用した技術的思想は発明として認められません。
なお、自然法則を利用している/していないは特にビジネス関連発明の権利化で争点となりやすい印象があります。発明に該当しないとの判断がなされた場合に、それをいかにして覆すかは担当する弁理士間のスキル差が大きい領域の1つと思います。このため、ビジネス関連発明の権利化を目指したい場合には、担当弁理士がその方面に強いか確認してから依頼するほうがよいでしょう。
「創作」という制約があるため、人の創作活動によらずに得られた成果(例えば発見により得られた天然物そのもの)は発明ではありません。
なお、2025年2月現在、AIによる発明をどう扱うかは知財トピックとして世界的に注目されており、今後何らかの法的解決が図られるでしょう。日本では、AI開発者を共同発明者に認めるという方向性で法解釈や法改正がされる可能性があります(参考:日本経済新聞「AI開発者にも特許権、発明に利用なら対価 政府検討」)
「高度のもの」という制約は、実用新案との比較上設けられているとされており、特に気にする必要はありません。
以上が発明の説明ですが、特許を受けるためには、発明であるだけでは足りず、産業上の利用可能性(特許法第29条第1項柱書)や公序良俗・公衆衛生を害しないこと(特許法第32条)も要求されます。しかし、ユーザ的にはここらへんはあまり気にせず、上述の発明の捉え方である「製品やビジネスに対する技術的な工夫」に該当するなら、気軽に弁理士などの専門家に相談してみるくらいの姿勢でいいと思います。
「優れた」とは?
「優れた」とは、従来技術との比較で優れている、ということです。
例えば、従来技術と差がない発明を出願(申請という用語の方が普及していますが、法的には出願といいます)したとしても新規性(特許法第29条第1項)のない発明として特許権が付与されません。
また、従来技術との差はあるが従来技術に基づいて容易に到達できるような発明を出願したとしても進歩性(特許法第29条第2項)のない発明として特許が付与されません。
なお、進歩性のハードルは、一義的ではなく、産業政策や判例のようなマクロ的な変動もあれば、個々の判断主体の考え方によるミクロ的な変動もあるため、専門家でも判断が難しいところです。それゆえに、進歩性違反の判断がなされた場合に、それをいかにして覆すかは担当する弁理士間のスキル差が大きい領域の1つといえます。
先行技術調査を行うことは、発明が優れているかどうかを判断したり、発明のどの部分が優れているかを判断したりするのに有効です。多少の時間と費用は掛かるものの、箸にも棒にも掛からぬ発明については出願をせずに済みますし、どの部分で権利化を目指すかの方針が立ちやすいので、基本的には利用を勧めます。
「適切な開示内容」とは?
「適切な開示内容」とは、出願の開示内容が公衆への技術情報の伝達の役目を果たす程度に明確かつ十分である、ということです。
特許は、優れた発明の公開に対するインセンティブなので、その発明について公開、つまり公衆への技術情報の伝達の役目を果たすことが前提となります。
具体的には、出願の開示内容が不明確ないし不十分であるために、第三者(その技術分野で通常の知識を有していると想定)が、特許権の付与を請求されている発明を実施できない場合には、特許が認められません(特許法第36条第4項第1号)。
また、出願の開示内容によって裏付けられていない発明について特許権の付与を請求している場合には、特許が認められません(特許法第36条第6項第1号)。
さらに、特許権の付与を請求されている発明を客観的に把握できない(特許権が成立した場合にその境界線を把握できない)場合には特許が認められません(特許法第36条第6項第2号)。
「最も早く出願」とは?
「最も早く出願」とは、特許権の付与を請求する発明を適切に開示する出願を他の誰よりも早く行う、ということです。
出願から公開までの間には時間的ギャップがあるため、ある発明について新規性・進歩性が失われていない間に同じ(優れた)発明に特許権の付与を請求する複数の出願がなされることがあります。この場合、同じ発明に重複して特許権が成立するのを防ぐために、最も早い日に出願した1件にのみ特許権が付与されます。これを先願主義(特許法第39条)といいます。
先願主義とは趣旨(重複特許の防止)は違いますが、類似の規定として拡大先願(特許法第29条の2)があります。拡大先願の規定によれば、出願時点では世の中に知られていない発明に特許権の付与を請求する出願Xをしたとしても、それよりも早くその発明を含む内容を開示する他の出願Yがなされていてこの出願Yが後に公開された場合には、出願Xではその発明について特許を受けることができません。
なお、公開のタイミングは、原則的に、出願から1年6月経過後です(特許法第64条第1項)。
「独占」とは?
「独占」とは、特許権が設定された発明のパクリ(法的には「侵害」といいます)に対して法的な対抗措置が認められる、ということです。
現在進行形及び将来の侵害に対しては、差止請求(特許法第100条、第101条)をすることができます。
具体的には、現在進行形で侵害(例えば、模倣品の製造販売や模倣サービスの提供)をしていればそれをやめさせたり、将来侵害しそうなことを立証できれば予防を求めることができます。加えて、既に製造した模倣品やその製造設備を捨てさせることなどもできます。
過去にしてきた侵害に対しては、金銭的補償を求めることができます。例えば、損害賠償請求(民法第709条)です。
損害賠償請求については、損害額の推定規定(特許法第102条)や過失の推定規定(特許法第103条)があり、通常の民事事件の損害賠償請求に比べて立証負担が軽減されます。
損害賠償請求権が時効により消滅した場合には不当利得返還請求(民法第703条、第704条)を選択することも可能です。
その他、侵害により業務上の信頼が害された場合には信用回復措置請求(特許法第106条)を求めたり、故意の侵害の場合には刑事責任(特許法第196条、第196条の2)を追及することが可能です。
誰に対して対抗措置を採るかは、特許権者の自由です。特許権を他者に使わせてあげて、その代わりにライセンス料を得ることもできるのです。
ただし、他者の知的財産権との関係で自らの特許権が制限されること(特許法第72条)や、特許権の効力が及ばない範囲(特許法第69条)が存在します。このあたりはユーザとしても是非押さえておいて欲しいのですが、解説が長くなるので別に記事を書こうと思います。
「一定期間」とは?
「一定期間」とは、原則的には、特許出願から20年間です(特許法第67条第1項)。
ただし、いくつかの例外があります。
まず、出願から20年間を待たずに消滅するケースがあります。
例えば、特許権の維持には年金支払いが必要なため、これを怠れば特許権は消滅します(特許法第112条第6項)。
また、無効審判や異議申立の請求が認められると、特許権は消滅します(特許法第114条、第125条)。無効審判や異議申立では、典型的には、特許権が設定された発明の進歩性を否定する新証拠が提出され、特許に値する発明であったかが改めて問われることになります。
他にもいくつか消滅するケースはありますが、まずは上記のケースを押さえていればよいでしょう。
次に、20年間という枠を延長できるケースがあります。ただし、使える条件はかなり限定的です。
第1に、医薬品等の分野で所要の試験・審査等のために特許権が設定された発明を実質的に使えなかった期間がある場合に、延長登録の出願が可能です(特許法第67条第2項)。
第2に、特許権の設定まで長期間を要した場合に延長登録の出願が可能です(特許法第67条第2項)。具体的には、出願から5年以上や審査請求から3年以上などであり、殆ど該当しないでしょう。
まとめ
- 特許制度とは、ざっくりいうと、「優れた発明を適切な開示内容で最も早く出願した人に、その発明を公開する代わりに一定期間独占させてあげます」というもの
- 発明は、きちっとした定義はあるけど、「製品やビジネスに対する技術的な工夫」くらいの捉え方でよい。
- 「優れた」とは、従来技術との比較で優れている、ということ
- 「適切な開示内容」とは、出願の開示内容が公衆への技術情報の伝達の役目を果たす程度に明確かつ十分である、ということ
- 「最も早く出願」とは、特許権の付与を請求する発明を適切に開示する出願を他の誰よりも早く行う、ということ
- 「独占」とは、特許権が設定された発明のパクリ(法的には「侵害」といいます)に対して法的な対抗措置が認められる、ということ
- 「一定期間」とは、原則的には、特許出願から20年間
参考資料
- 日本経済新聞「AI開発者にも特許権、発明に利用なら対価 政府検討」