高砂熱学工業のビジネスモデルや知財を分析してみた

 高砂熱学工業株式会社(以下、「高砂熱学工業」)は、2025年3月27日放送のテレビ東京のカンブリア宮殿で取り上げられました。本記事では、番組の内容に加え、各種の公開情報に基づいて高砂熱学工業について私なりの考察をしました。

 結論として、高砂熱学工業のビジネスモデルのポイントは、有名施設の空調の設計・施工の経験で培った知的資産と、人材確保の取り組みにあると考えられます。また、高砂熱学工業は、空調制御の根幹である熱関連の技術だけでなく、設計・施工の効率化支援等のIT関連の技術に近年力を入れ、競合との差別化を図っているものと思われます。

会社概要

 高砂熱学工業は、主に空調、配管の設備工事を行う会社です。麻布台ヒルズや東京ドーム等の有名施設の空調も数多く手掛けています。

 高砂熱学工業は、1923年創業、現在は小島和人氏が8代目の社長に就任しています。

 高砂熱学工業の経営理念として、Webサイトに以下の図が掲げられています。

 

 興味深い点として、Visionとして掲げられている「環境クリエイター」が、実は高砂熱学工業の保有する登録商標です。経営理念を商標登録する例はあまり多くはない印象です、

 環境クリエイターについて、小島氏は、以下のように述べています。

 「そこで2050年の10年前、2040年の高砂熱学工業の目指す姿(=ビジョン)を「環境クリエイター」と定めました。技術者だけでなく経理や総務、営業など全ての社員一人ひとりに「クリエイター」としての意識を持ってほしいとの意を込めています。」

https://ps.nikkei.com/takasago2311/より引用)

業界

 高砂熱学工業は、広く捉えれば建設業界、もう少し解像度を上げて見ると専門工事業界に属します。設備工事(空調、配管)というフィールドではトッププレイヤーであり、売上高は3633億円、営業利益は241億円、従業員数は2230人(単体)です。とはいえ、同じフィールドには大気社(売上高2935億円)、新菱冷熱工業(売上高2729億円)といった規模的に近いプレイヤーも存在しており、圧倒的な強者というわけでもないようです。

ビジネスモデル

 高砂熱学工業のビジネスモデルを以下のビジネスモデルキャンバスにまとめました。

 ポイントは、有名施設の空調の設計・施工の経験で培った知的資産と、人材確保の取り組みと思われます。

 高砂熱学工業は、麻布台ヒルズや東京ドームなどの有名施設の空調の設計・施工の経験があります。これらの施設の中には、技術的にチャレンジングで何らかの新工法を必要とした例も少なくないと思われます。これらの施設での設計・施工を経験することによって蓄積された技術的な知財(特許やノウハウ)、営業上の信用などが、高砂熱学工業の大きな強みであるといえるでしょう。

 また、会社四季報業界地図2025年版によると、業界全般の現状として、設備工事の需要は高水準にあるものの、慢性的な人手不足が課題とされています。これに対し、高砂熱学工業は、番組でも紹介されましたが、現場(オンサイト)から離れた場所(オフサイト)で設備機器を集中して生産する仕組みを整え、従来よりも軽い素材を採用したり組み立て工程を効率化・単純化したりしています(T-Base)。これにより、女性や高齢者であっても業務を遂行しやすくなるので募集人材の要件が緩和できたり、既に雇用している人材の再配置がしやすくなったりするなどの効果が期待できます。さらに、番組では紹介されていなかったものの、実は高砂熱学工業の平均年収は1000万円程度と高い水準にあります。これにより、給与を不満として離職を防いだり、優秀な人材を獲得を促進したりする効果も期待できるでしょう。

知財

 高砂熱学工業の知的財産の保有状況について順を追って説明します。
なお、知財について超ざっくりな解説が欲しい方はこちら

特許

 501件の特許登録と58件の特許出願を確認することができました。概ね年30件前後くらいのペースで特許出願をしています。競合と思われる大気社(ばらつきが大きいが多い年でも20件くらい)や新菱冷熱工業(年間数件ペース)と比べるとハイペースです。

 分野別では以下のように推移しています。

 

 本グラフは、筆頭FIに対してIPC分類のクラスレベルで分割集計し、上位6クラスとその他(Others)の結果を示しています。

 緑色(F24)と水色(F25)が、空調制御の根幹といえる熱関連の発明に該当します。年によって変動はするものの、この領域で全体の5割前後を占めています。

 ここ数年で存在感を増しているのが黄緑色(G06)で、IT関連の発明に該当します。内容としては、ITを活用して設計や施工の効率化を試みるものが多いようです。競合と思われる大気社や新菱冷熱工業はこの領域での特許は殆ど無く、高砂熱学工業にとって差別化要素の1つといえそうです。なお、番組では、気流をシミュレートするソフトウェアが紹介されていましたが、これにダイレクトに関連しそうな特許は見つかりませんでした。もしかすると、アルゴリズムについては秘匿化する、UIの特徴だけでの権利化は難しいので出願しない、との判断だったのかもしれません。ただ、こういった主題については、設計業務の効率向上だけでなく、目に見えない気流や温度湿度、清浄度などを可視化することで提供価値を顧客に納得してもらうという側面からも重要と思われます。

 他方、近年、件数が落ちているのが暗い青色(B01)です。高砂熱学工業の場合、「ガスまたは蒸気の分離」(B01D53/00)に該当する発明が大半でした。具体的には、水垢の原因となるシリカの吸着の技術等です。

 橙色(C25)は、水の電気分解の発明に該当します。番組によると20年くらいコツコツとやってきて実を結んだとの話でしたが、細く長く成果を出し続けてきたことが特許の実績からも見て取れます。

 ちなみに、高砂熱学工業は、自社の保有特許等の情報を積極的に発信しており、ステークホルダーに自社の技術力や知財リテラシの高さを伝えようとしているものと思われます(https://www.tte-net.com/lab/patent/index.html)。

商標

 169件の商標登録と1件の商標出願を確認することができました。

 高砂熱学工業は、同社のビジョンである「環境クリエイター」を2021年に商標登録(登録6414754)しています。一方、2023年には、「環境クリエイター」の英語版と思われる「Environment-Creator」についても商標登録しました。英語版のWebサイトを見ると、Visionとして、「Be a Environment-Creator™」が掲げられています。

 「Environment-Creator」は、高砂熱学工業の2024年統合報告書(英語版)の中で30カ所以上登場しており、同社のアピールに欠かせないキーワードとなっています。

 高砂熱学工業の株式の13%程度を外国法人等が保有しています。単純比較は出来ませんが、日本の株式の30%程度を外国人が保有している(参考:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB022T70S4A700C2000000/)ことを考えると、まだ伸び代がありそうです。高砂熱学工業は、より多くの外国人投資家を呼び込みたいという思惑があり、英語での情報発信をしていくうえで、英語版のVisionについても商標登録をすることが必要と考えたのかもしれません。

意匠

 6件の意匠登録を確認することができました。なお、J-PlatPatでは、現状、意匠権が有効かどうかは結果一覧上に表示されず確認に手間がかかるため、この意匠権の総数には年金不能や期間満了により抹消された件も含まれている可能性があります。

 特許の件数に比較すると意外に少ないと感じました。時系列で見ると、高砂熱学工業の登録意匠のうち最後に出願されたものが2012年ということで、ここ10年以上は意匠出願を殆どないしまったくしていないものと思われます。内容的にも、クリーンブースや熱交換パネル用形材のデザインであり、配管のデザインは見当たりません。配管そのものの形状は基本的に変えないで、どう組み合わせるのかが肝ということなのでしょう。もしかしたら、配管の形状は標準化されていて、変える余地すらないのかもしれません。

知財まとめ

 まとめると、高砂熱学工業は、特許の半分程度を空調制御の根幹といえる熱関連の技術に振り向けています。一方、ここ数年で存在感を増しているのが設計・施工の効率化支援等のIT関連の発明です。この領域は、競合と思われる大気社や新菱冷熱工業の特許出願が殆ど無く、差別化要素の1つといえそうです。

まとめ

 高砂熱学工業のビジネスモデルのポイントは、有名施設の空調の設計・施工の経験で培った知的資産と、人材確保の取り組みにあると考えられます。

 高砂熱学工業は、空調制御の根幹である熱関連の技術だけでなく、設計・施工の効率化支援等のIT関連の技術に近年力を入れ、競合との差別化を図っているものと思われます。

参考資料

  • 高砂熱学工業のWebサイト
  • 高砂熱学工業の有価証券報告書 ‐ 第144期(2023/04/01 ‐ 2024/03/31)
  • 東洋経済新報社「会社四季報業界地図2025年版」
  • 日本経済新聞社「日経業界地図2025年版」

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