浅野撚糸のビジネスモデルや知財を分析してみた
浅野撚糸株式会社(以下、「浅野撚糸」)は、2025年3月6日放送のテレビ東京の番組「カンブリア宮殿」で取り上げられました。本記事では、番組の内容に加え、各種の公開情報に基づいて浅野撚糸について私なりの考察をしました。
まとめると、浅野撚糸のビジネスモデルのポイントは、高機能撚糸に関する知財と新工場・フタバスーパーゼロミルにありそうです。浅野撚糸は、将来的に、超無撚糸を次代のコア技術として位置付け、基本特許と新工場・製造ノウハウを参入障壁として活用し、オンリーワンの最終製品や生地を製造販売していくことで利益を確保することを目指しているのではないかと思われます。
会社概要
浅野撚糸は、撚糸やタオル等の撚糸加工品を製造販売する岐阜県の会社です。代表的な製品は、高い吸水性・速乾性を示す「エアーかおる」です。
浅野撚糸は、1969年に創業、1995年に浅野雅己氏(現社長)が社長就任します。90年代後半には、中国製の繊維製品が市場を席巻しどん底を経験するも、2004年に「SUPER ZERO」を開発し、2007年には「エアーかおる」シリーズなどのヒット製品を生み出します。2020年代には、被災地復興プロジェクトとして30億円を投じて双葉町に新設した大型工場(フタバスーパーゼロミル)が新型コロナによる贈答用タオルの需要低迷や帰還住民が予測値を大きく下回るなどの要因により期待した稼働をせず、業績は赤字に転落します。内心では後悔の気持ちもあった社長でしたが、現地採用した新人社員の復興に対する想いに心を動かされ、新製品開発・新販路開拓に取り組み、業績をV字回復させました。
浅野撚糸の経営理念は、Webサイトには特に掲げられていませんでしたが、社長挨拶として以下の言葉がありました。
- “行き着いたのが「ナンバーワンよりもオンリーワンを目指す」誰にも真似できない技術をもち最終製品をつくり市場に出ること。”
- “これからは、世界に通用するオンリーワン企業として、さらなる磨きをかけていきます。”
業界
浅野撚糸は、繊維業界に属すると思われますが、会社四季報業界地図2025年版及び日経業界地図2025年版には記載がありませんでした。売上高は16億円、従業員数は69名です。比較対象となる企業は特に思い当たりませんでした。
ちなみに、タオルといえば「今治タオル」が有名ですが、「今治タオル」は、特定企業のブランド名というわけではなく、今治タオル工業組合の地域団体商標であり、組合員企業であれば使用できます。
ビジネスモデル
浅野撚糸のビジネスモデルを以下のビジネスモデルキャンバスにまとめました。
ポイントは、高機能撚糸に関する知財と新工場・フタバスーパーゼロミルと思われます。
高機能撚糸に関する知財については知財の項で解説しますが、主に、クラレトレーディング株式会社(クラレグループの商社)との共同研究開発で獲得した高機能撚糸の基本特許と、撚糸を実際に製造する業務活動を通じて獲得した製造ノウハウです。
新工場・フタバスーパーゼロミルについて、番組では被災地の復興目的が中心にフィーチャーされました。一方、私の調査によれば、従来の工場では量産化が難しかった次世代の高機能撚糸(超無撚糸)を事業化するための大型設備投資としての側面も大きそうです。このあたりは特許・実用新案の項で説明します。浅野撚糸には大型設備投資の計画自体は(おそらく岐阜県近郊で)元々あり、被災地復興という目的は工場の立地選定に大きく影響した、というくらいが実情に近いのではないのかなと想像します。
知財
浅野撚糸の知的財産の保有状況について順を追って説明します。
なお、知財について超ざっくりな解説が欲しい方はこちらへ
特許・実用新案
特許については、11件の有効な特許権と3件の登録実用新案を確認することができました。
時系列分析
浅野撚糸の特許・実用新案についての知財活動を時系列で俯瞰すると、以下のように3期に分類することができます。
- 2004年~2011年:クラレトレーディングとの共同特許出願(8件の特許権が有効)
- 2012年~2018年:浅野撚糸の単独特許出願(3件の特許権が有効)
- 2019年~2022年:浅野撚糸の単独実用新案出願(3件の実用新案権が有効)
内容的には、第1期と第2期は撚糸や織編物が中心で、第3期はタオルなどの最終製品が中心です。
第1期(2004年~2011年)では、浅野撚糸は、クラレトレーディング(クラレグループ)との共同研究開発を行い、SUPER ZEROや超無撚糸などの高機能撚糸の製造に成功し、共有とはいえ基本特許を獲得できました。なお、超無撚糸とは、新製品として番組中で紹介された「わたのはな」の原材料です。
第2期(2012年~2018年)では、浅野撚糸は、技術改良や新技術開発を行い、成果を単独特許としています。例えば、特許5640047や特許6902779では、第1期の特許を引用して課題を導いています。また、特許7193835では紙撚糸を含んだ加工撚糸の発明について権利化しています。
第3期(2019年~2022年)では、浅野撚糸は、タオルなどの最終製品について特許権ではなく実用新案権を取得しています。実用新案中心に切り替えた理由については想像するしかないですが、ヒットするか分からない最終製品の知財保護にコストをあまり掛けたくなかったか、最終製品の特徴だけでは特許化が難しいと判断したのか、といったあたりではないかなと。実用新案は、取得はしやすいが権利として難点があり正直おすすめはしないですが、実用新案登録表示ができるためアピール材料としての価値を見出しているのかもしれません。
なお、わたのはなが製品化されたのが2024年8月のため、超無撚糸関連の技術特徴について特許や実用新案を出願していたとしても公開されていない可能性があります。実用新案で守るのか、特許に切り替えるのか、それとも秘匿化するのか、今後の動向が気になります。
SUPER ZEROと超無撚糸
「超無撚糸とは」によると、超無撚糸は、紡績糸の元撚りをゼロを少し超えるまで戻した糸とされており、対象となる登録特許として特許5734280が挙げられています。本特許は、クラレトレーディングとの共有であるため、当事者の契約次第では、同社や同社がライセンスした第三者による実施、また第三者への譲渡の可能性があるものの、量産化には特許権だけでは超えられない壁が存在します。具体的には、上記記事には、スチームセットの改良と周辺の環境整備に対する大型投資(新工場のフタバスーパーゼロミル)が必要であったと記載されているほか、1年間の調整があったとの記載もあることから相当な製造ノウハウが浅野撚糸に蓄積されていると推察されます。
一方、エアーかおるに用いられるSUPER ZEROについては、対象となる登録特許として特許4688749が挙げられています。残念ながら、本特許権は、2026年の7月には存続期間が満了してしまいます。また、2007年時点での自社や協力工場の設備でも製造可能であったことから、設備投資面での参入障壁は高くなさそうです。原材料である水溶性樹脂「ミントバール」もクラレトレーディングの製品情報として一般に公開されている(参考:「ミントバール」)ことから、原材料の調達にも支障はなさそうです。そうすると、最悪の場合、2026年夏にはジェネリック・エアーかおるとでもいうべき製品が市場に出回り、浅野撚糸の利益を圧迫するおそれがあります。
以上を踏まえると、浅野撚糸としては、超無撚糸をSUPER ZEROの次のコア技術として位置付けているのではないでしょうか。超無撚糸について共有とはいえ基本特許権を獲得していますし、新工場・フタバスーパーゼロミルのスチームセットと同等以上の設備投資やノウハウ獲得をしないと量産化が困難ですから、暫くは後続者の参入を食い止められそうです。今後の展開として、超無撚糸をタオル以外の最終製品に加工して販売したり、超無撚糸を使用した生地を海外のラグジュアリーブランドに売り込んだりすることが構想されているのかもしれません。
意匠
意匠については、3件の登録意匠を確認することができました。タオルやタオル地のハンカチについて意匠権を保有しています。
出願時期はばらばらですが、意匠登録1660244(タオル)は特許の項で説明した第3期(2019年~2022年)に出願されています。出願時期(2019年11月)・内容(片側に筒がある)的に、実登3224911(タオル)と近しく、知財ミックスでの保護を図っていると見受けられます。該当すると思われる製品として「ダキシメテフタバ」のタオルマフラー(参考:「「ダキシメテフタバ」のタオルマフラーに込められた想いとは? 」)を確認することができました。
商標
商標については、29件の登録商標と2件の商標出願を確認することができました。直近では、新製品として番組中で紹介された「わたのはな」の商標が2024年7月に出願され登録に至っています。
また、「わたのはな」の原材料である新撚糸のブランド名である「超無撚糸」についても2024年6月に出願され、調査時点では審査中です。浅野撚糸としては商標登録がされないととブランディングがしづらいため、早期の権利化を望んでいることでしょう。
知財まとめ
まとめると、浅野撚糸は、2011年頃までクラレトレーディング(クラレグループ)との共同研究開発を通じてSUPER ZEROや超無撚糸などの高機能撚糸の基本特許を(共有ではあるものの)獲得したと推察されます。浅野撚糸は、超無撚糸を次代のコア技術として位置付け、基本特許と新工場(フタバスーパーゼロミル)・製造ノウハウを参入障壁として活用し、オンリーワンの最終製品や生地を製造販売していくことで利益を確保することを構想されているのかもしれません。
まとめ
浅野撚糸のビジネスモデルのポイントは、高機能撚糸に関する知財と新工場・フタバスーパーゼロミルにありそう。
浅野撚糸は、将来的に、超無撚糸を次代のコア技術として位置付け、基本特許と新工場・製造ノウハウを参入障壁として活用し、オンリーワンの最終製品や生地を製造販売していくことで利益を確保することを目指しているのではないだろうか。