大日本印刷(DNP)のビジネスモデルや知財を分析してみた
大日本印刷株式会社(以下、「大日本印刷」)は、2025年4月10日放送のテレビ東京のカンブリア宮殿で取り上げられました。本記事では、番組の内容に加え、各種の公開情報に基づいて大日本印刷について私なりの考察をしました。なお、大日本印刷は、企業規模が大きく、事業も多角化されており、多面的に捉えることができます。本稿では、印刷、フォトマスク、ICカードなどの大日本印刷の現在の主力事業というよりは、番組中で紹介されていた、目新しい事業を中心に断片的に触れるため、いささか偏った内容となります。
結論として、大日本印刷のビジネスモデルのポイントは、印刷技術を中核とする多様な技術基盤にありそうです。また、番組で紹介されたミールワームの飼育装置関連の特許を確認することはできなかったものの、「昆虫マテリアル」、「インセクトマテリアル」の商標出願を確認することができました。また、意匠登録件数もさることながら、秘密意匠も利用するなど、大日本印刷は、意匠制度を積極的に活用しているようです。
会社概要
大日本印刷は、多数の事業を擁しており、これらの事業は、スマートコミュニケーション分野、ライフ&ヘルスケア分野、及びエレクトロニクス分野として整理されています。スマートコミュニケーション分野には、出版物の印刷や、ICカード、証明写真機、などの事業が含まれます。ライフ&ヘルスケア分野には、パッケージそのものやその充填システム、建装材、などの事業が含まれます。エレクトロニクス分野には、フォトマスク、ディスプレイ用部品などの事業が含まれます。ちなみに、番組によると、リチウムイオン電池用バッテリーパウチ、有機ELディスプレイ製造用メタルマスク、ディスプレイ用光学フィルム、写真プリント用昇華型熱転写記録材が世界シェア1位、ICカード、ペットボトル用無菌充電システム、住宅用内外装化粧材が国内シェア1位、とのことです。
大日本印刷は、1876年に活版印刷を行う会社として創業、高度成長期には事業を積極的に多角化する第二創業を経ました。2015年からは現社長の北島義斉氏の主導の下、提案型のビジネスにシフトする第三創業を迎えています。
大日本印刷は、「DNPグループビジョン」を掲げています。これは、DNPグループの経営の基本方針であり、「企業理念」を中心に、「事業ビジョン」と「行動指針」とで構成されています。
https://www.dnp.co.jp/corporate/philosophy/index.htmlより引用
業界
大日本印刷は、印刷業界・半導体材料業界などの多数の業界に属します。競合として選ぶとすれば、やはり、凸版印刷(TOPPANホールディングス)が挙げられます。売上規模でいえば、大日本印刷が約1兆4千億円に対して、凸版印刷は約1兆7千億円であり、後者が一歩上回っているようです。大日本印刷は、紀伊國屋書店との業務提携、丸善・ジュンク堂の連結子会社化、書店のコンサルティング事業などの様々な施策を打っているものの、紙の印刷需要の減少傾向は避けられないため、半導体材料などの非印刷の事業をいかに成長させていくかが重要となるのでしょう。
ビジネスモデル
大日本印刷のビジネスモデルを以下のビジネスモデルキャンバスにまとめました。
ポイントは、印刷技術を中核とする多様な技術基盤だと思われます。番組中では、養殖魚の飼料となるミールワームを機械的に大量飼育する装置を愛媛大学と共同で研究する様子が取り上げられていました。ともすれば無関連多角化のように思われるかもしれませんが、実は、同じ品質のものを安く大量に生産する、という印刷技術の基本的な提供価値が共通しているのです。他にも、メタバースコンテンツの制作のために新たな技術を社員に習得させていましたが、これは、現行のメタバースラーニングシステムやメタバース役所に留まらず、今後、大日本印刷が顧客に提案する新たなソリューションを生み出すための手札を増やす意義もあると思われます。
知財
本稿では、大日本印刷の知的財産の保有状況について順を追って説明します。
なお、知財について超ざっくりな解説が欲しい方はこちらへ
ちなみに、大日本印刷は、自社の知的財産活動の方針、体制、状況等についてWeb上で公開しています(参考: https://www.dnp.co.jp/development/intellectual-property/index.html)。
特許
特許については、大日本印刷のWebサイトによれば、概ね12,000件程度を常時保有しているようです(参考: https://www.dnp.co.jp/development/intellectual-property/index.html)。特許の存続期間は最大20年ですが、大抵は途中で陳腐化や維持費の問題から手放すので、平均すると毎年1000件前後を権利化しているのではないかと思われます。
直近の実績をざっと見た感じでは、包装関連が多いようですが、包装といっても、食品から電子部品、建装材など用途が多岐にわたるので、本格的な分析をすればより詳細な傾向や注力領域が見えてきそうです。
個人的に気になったのは、ミールワームの飼育装置関連の特許ですが、調査時点では特許出願・特許登録ともに確認することができませんでした。「大日本印刷と愛媛大学 養殖魚のエサとなる昆虫の自動飼育装置の開発を開始」というプレスリリースが2023年8月に出されているので、それ以降に特許出願をしていたとしても公開のタイミング(出願から1年半経過後)が来ていないだけかもしれません。或いは、飼育装置自体は外部に出さず、ミールワームやその加工品を販売するという事業を予定しているのであれば、飼育装置の技術については秘匿化するという方針かもしれません。
また、メタバースラーニングシステムやメタバース役所についても、サービス仕様がはっきりとはわからなかったことも相まって、一目で関連と判断できる特許出願・特許登録を確認することはできませんでした。とはいえ、ITシステム系の特許は少なからずありましたので、特徴的な要素については出願・登録されている可能性があります。
商標
1268件の商標登録と40件の商標出願を確認することができました。件数が多いため、本稿では、興味が惹かれたものを少しピックアップするに留めます。
まず、「昆虫マテリアル」(商願2025-023726)、「インセクトマテリアル」(商願2025-023727)の商標出願がありました。番組で取り上げられていたミールワーム関連のものであろうと予想していたところ、ちょうど番組放送の翌日に、愛媛大学が「【4月22日】昆虫マテリアル研究・事業の現在と未来(記者説明会及び、施設見学会の実施)」と題するプレスリリースを出したことから、予想通りのようです。ミールワームの飼育装置の事業化が成功すれば、魚の養殖コストが低下し、食料問題の解決に貢献するものと思われます。ちなみに、このプレスリリースでは、「昆虫を飼育する工程の副産物として生成されるフンが、新たな価値を生み出すことを発見しました」とも説明されており、こちらも気になるところです。
また、メタバース関連として、「メタバース役所」(商願2023-140357)、「バーチャル役所」(商願2023-140358)の商標出願がありましたが、これらについては審査の過程で拒絶されており、応答しないまま拒絶査定を受けているので、このまま権利としては成立せずに決着しそうです。
あとは余談ですが、大日本印刷は、ホログラム商標を1件登録しております(登録5959622)。レアな事例ですね。
意匠
2000件の意匠登録を確認することができました。事業構造が異なるので単純比較はできませんが、凸版印刷の登録意匠は686件であり、大日本印刷の1/3程度です。なお、J-PlatPatでは、現状、意匠権が有効かどうかは結果一覧上に表示されず確認に手間がかかるため、この意匠権の総数には年金不能や期間満了により抹消された件も含まれている可能性があります。
内容としては、飲料やレトルト食品の包装用容器の割合が高いです。また、秘密意匠のため内容を確認できない件も存在しました。
登録件数もさることながら、秘密意匠も利用するなど、大日本印刷は、意匠制度を積極的に活用しているようです。
まとめ
大日本印刷のビジネスモデルのポイントは、印刷技術を中核とする多様な技術基盤にありそうです。また、ミールワームの飼育装置関連の特許を確認することはできなかったものの、「昆虫マテリアル」、「インセクトマテリアル」の商標出願を確認することができました。また、意匠登録件数もさることながら、秘密意匠も利用するなど、大日本印刷は、意匠制度を積極的に活用しているようです。
参考資料
- 大日本印刷のWebサイト
- カンブリア宮殿(2025年4月10日放送分)
- 東洋経済新報社「会社四季報業界地図2025年版」
- 日本経済新聞社「日経業界地図2025年版」